Golf My Wonderland

ゴルフエッセイ~見たこと読んだこと気づいたこと~気ままに書いています。

「短い鉛筆」南郷茂宏著      (日本文化出版刊/1989年)

     

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大正末期から昭和末期のゴルフの世界を生き生きと描写!

 

❖ 大正末期から昭和初期頃のゴルフの思い出や戦後(1945年以降)のゴルフ生活を通して、著者の心を過ぎったさまざまなエピソートをエッセイとしてまとめた好著。少年時代に接した赤星四郎・六郎の姿や戦後コース設計の第一人者となった井上誠一との交流の思い出など、ゴルフファンにとって大いに興味を抱かせるエッセイ集である。

 

❖ 著者:南郷茂宏は、雑誌「パーゴルフ」で今年の秋から連載中の「ゴルフを造った男たち」(小川朗取材レポート)に登場する関西の「垂水ゴルフ倶楽部」(前身「舞子カントリー倶楽部」)の創設に大きな力を発揮した実業家、南郷三郎の末子である。彼は東京育ちで、日本ゴルフの黎明期に大きな足跡を残した人々と交流が深かった人である。

 

 ❖ 著者は、現在のゴルフ場でゴルファーが世話になっている4人乗りのカートの発明者でもあるが、その当初、話を聴いた井上誠一が“このカートはいずれゴルフ場で使う時期が来るだろうから、それを見越して設計に取り入れなければ・・”といって応援してくれた。そして新たなものを発明する感性はコース設計に向いているといって設計の参考書としてロバート・ハンター著「リンクス」を渡してくれたという。

 

❖ 「開いてビックリしたのは、英文の周辺には、すき間のないほど井上さんの鉛筆書きでこまごま覚え書きがつづられていて、これを見ただけで大設計家の夢は消え失せてしまった」と記している。著者は井上誠一との交流が深かったようで、彼との思い出をいくつかつづっている。生きた井上誠一を知る上で貴重な資料のように思える。

 

❖ また本書には、エチケットやルールの話が多く登場する。著者は実業家の御曹司であっただけに若くして廣野ゴルフ倶楽部などいくつかの有名ゴルフ場のメンバーだったが、後年特によくプレーしたのは相模カントリーや湯河原カントリーで、クラブ役員をされてエチケットとルールには詳しい人だったようである。

 

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❖ 本書の魅力は、日本のゴルフが大正末期から昭和の始め頃に、土台がつくられた黎明期に活躍した人々と交流が多く、その時代の雰囲気とプレーヤーの立ち居振る舞いを書いているところに貴重さがあるように思う。それこそ生きた証言、とでもいえようか。井上誠一との交流のなかで、コース改造について話した内容は、現在のゴルフ関係者にとって貴重なアドバイスである。

 

❖ そのゴルフ場の改造に当たって「困るのは倶楽部での実力者がコース改造病にとりつかれている時だよ。ゴルフに熱中して二十、三十年、そろそろ腕前の方が年とともに限界がくる。仕事の方も功なり名を遂げて暇になる。そうなるとコースを変形してみたくなってくるんだ。彼が長年努力して重役になったと同じく、またはそれ以上の、この道への努力、そして才能が必要なことには気づかず、つい思いつきを口に出す。倶楽部でもそんなポストの人の構想となると止めにくい。ついにはそれが実現するんだから恐ろしい。おかげでせっかくのコースが滅茶苦茶にされてしまう」と。

 

❖ さらに付け加えて「コース改造をする際には絶対に気を付けねばならないことが三つある。まず、そのために隣接コースのプレーヤーに飛球の危険が及ばないこと。次にルール上の問題が生じないか否か。そして日当たり、水質、水位の高低など自然条件へのチェックだ」という。そういえば、最近はボールとクラブの進歩による飛距離とコースレイアウトが問題になる。コース改造にあたっては、クラブの役員は十分に注意されたい井上誠一のアドバイスといえるであろう。

 

❖ 本書は南郷茂宏が74歳の時の書作であるが、80歳を過ぎてもゴルフを楽しんでいると書いてあるので、1990年代後半まで元気だった様子である。大正、昭和、平成の3世代を生き抜き、ゴルフの変遷をしっかり見続けてきた1人のゴルファーの「短い鉛筆」は、筆先が上手く、リアルな現場を想像させてくれるとともに、貴重な我が国のゴルフの足跡を記録してくれている。