Golf My Wonderland

ゴルフエッセイ~見たこと読んだこと気づいたこと~気ままに書いています。

昭和天皇のゴルフと皇室外交‼

「昭和の日」に因んで !!
〜 昭和天皇のゴルフと皇室外交 〜

❖ 「昭和の日」が近づいてきた。4月29日は昭和天皇の誕生日で休日であったが、崩御されて以降は「みどりの日」となり、「昭和の日」へと変わってきた。昭和時代に青春を謳歌された方には記念日として相応しいように思う。今生天皇が退位されると元号が代り、新しい時代に入る。どんな元号になるのだろうか。

❖ スポーツでいうと、平成天皇は道子妃殿下とテニスを通じて知り合ったことは有名で、平成天皇=テニスというイメージ、昭和天皇は激動の時代を過ごされたので、スポーツのイメージはすぐに浮かばぬが、やはり“ゴルフ”ということになろう。そして2019年5月に天皇になられる現皇太子はスポーツというより、ビオラを奏されるので音楽=文化面に視線が行かれるかもしれない。

❖ 昭和天皇がゴルフ好きだったことは有名な話で、ゴルフファンにとっては嬉しいエピソードが沢山ある。そこで、昭和天皇がどれだけ“ゴルフ”に魅了されたかをゴルフファンが知ることも、ゴルフの楽しみだと思うので、少々触れてみたいと思う。

❖ 昭和天皇が“ゴルフ”と巡り合ったのは早くも16歳ごろだったらしい。クラブを握り、コースでプレーしたという記録が残っている。後にご成婚されてからは良子妃に手ほどきをされ、新婚旅行にはクラブを持参するほどの肩の入れようで、二人が主宰する宮中ゴルフ会を度々開かれたというから並み並みならぬ執着があったようである。

❖ また昭和天皇は、宮廷外交の一環としてゴルフを取りいれていて、日本ゴルフ史に残る大きな足跡を残している。これは特質すべき出来事といえよう。1922年日英同盟存続か否かの重要な時期に、東京は駒沢の東京ゴルフ倶楽部で、日英両皇太子による世紀のマッチプレーが繰り広げられた。

❖ このマッチプレーが日本ゴルフの黎明期を飾る出来事の1つであり、ゴルフの皇室外交として、国家を背負った外交であったことは、我々ゴルフファンとして記憶しておきたい。それは1922年4月19日、来日中の英国エドワード殿下(プリンス・オブ・ウェールズ)、ハルゼー侍従と裕仁殿下、大谷光明(日本ゴルフの父)の組み合わせで対決、1点差でエドワード組が勝利したと記録にある。1点差で相手に花を持たせるあたり、外交を心得た姿勢に感心する。

❖ この皇室外交の役割としてエドワード殿下(後のウィンザー公)の回顧録に次のような言葉が残されている。「私の日本訪問は、プリンス・ヒロヒトとのゴルフのために一層深いものになった。これはマルコ・ポーロ以来の最も注目すべき東洋と西洋との出会いの1つであったことは間違いない。ヒロヒトからのゴルフの誘いに私も喜んで応じた」と。

❖ 現在の皇室で、昭和天皇のようなゴルフを愛し、外交にまで結びつける様子は伺えないが、我々ゴルフを愛するものにとって、ゴルフの高潔にして哲学性の深いスポーツを、皇室に広まってもらうことを期待したいものである。

❖ 昭和天皇はゴルフに関して次のような言葉を残している。「ゴルフは運動として最も適切なものである。それには心を鎮め、精神を纏める効果があり、禅に虚無という言葉あると聞いているが、その意味に近きものではないかと考える。」天皇がゴルフに親しみ、愛し続けたからこそ、ゴルフに込められた深みを、身に付けられたのであろう。(写真は「昭和天皇のゴルフ」田代靖尚著より)